ただいま開催中の企画展「地中海人ピカソー神話的世界に遊ぶ」では、ピカソがセラミック作品を制作する際に、どのようなモティーフを選んでいたか、そしてその背景にはどのような世界が広がっているのかを解き明かします。
大きな手がかりとなるのは、ピカソが愛した生まれ故郷、マラガの風土です。空や海が青く輝く地中海に面した港町マラガは、古代から交易の拠点としてフェニキア人、ローマ人、ゲルマン人、イスラム勢力などさまざまな人々が行き交い、あらゆる文化を取り込みながら発展しました。現代では、スペインの地中海沿岸南部を占めるアンダルシア州マラガ県の県都となっています。
ピカソの親戚たちはこの街に暮らし、両親もこの街で生まれ育ちました。ピカソ自身も10歳で北部のラ・コルーニャに転居するまでの幸せな幼少期を過ごしています。
長じてのち、40年以上もフランスのパリを拠点に新しい表現の最前衛に立ち続けたピカソは、60 歳を過ぎた頃から南仏での制作に本格的な関心を寄せるようになります。セラミック制作のパートナーとなるマドゥーラ陶房との出会いなどを経て、拠点を南仏のコート・ダジュールに移しました。
マラガと同じく地中海に面した地域であるコート・ダジュールは、豊かな神話や歴史を多く共有する地中海文明の地であり、ピカソにとってはまさに地中海世界への帰還、地中海人としての再生となったのです。
(第2回に続く)